2010年7月5日月曜日

   富士山が真っ二つ


神棚の設置場所についてはさまざまに悩んだが、中隊長室が一番いいかなと思った。

日曜日、浅草の辺りに行ってみることにした。

これくらいの大きさでいいだろうと買ってみた。

さて、中隊にもどってさっそくお札を御社に入れてみた。
な、なんと、お札のほうがでっかいではないか?
し、しまった、寸法を測っておけばよかった。こんなことになろうとは。
お札はお社の屋根を取って上から入れるのだが、入りきらなくてお札が上からはみ出している。
仕方ないので屋根をそっと上にかぶせた。
――しまらない――
帽子をかぶっているようになってしまった。
――まあいいか。仕方ない。――
心に引っかかるものがあるが……。


   

 次の朝、屋上で富士山を眺めようと昇っていき、いつものように遠く富士山を望んでみて、「あっ」と思った。
 富士山が真っ二つになっているではないか。
 あの高い富士山が半分くらい、まるで包丁でスパッと切り取られたように、上半分がないではないか?
 よくよくみるとそれは、上半分がきれいに雲で覆われていたのだ。あまりに水平にかかっていたことと、ほかが晴れていて雲がなかったから、象徴的に半分になった富士山の姿がくっきり見えたのだ。

 そこで真っ先に思い浮かんだのが、神棚の件である。
 神様は……此花咲夜姫命はおれに「神棚を買いなさいよ」といっているのではないか。
 なにか、ちょっと恥ずかしそうな咲夜姫の姿が目に浮かんだ。
 たしかに麗しき乙女の神様としては、あのお社からはみ出たお札、無理やりかぶせられた屋根――たしかにいやだと思う。
 ――気持ちの問題なのだろうか?
 おれは正直いってお社はあればいいと思っていた。
 たしかに不恰好だが、まさか実際神様にはわかるまい、そこまでは……、と思ったのだが。
 神様にはわかってしまうのか。
 それと、深く考えてみると、おれは一介の人間――相手は神話時代にまでさかのぼる日本では絶世の美女といわれる女神様だ。こんな下々の人間を、じかに相手してくれるわけがない。……そう考えるのがふつうだ。
 雷の件といいこれといい、神様はめちゃくちゃ近くにいるのではないか?

 さっそく次の日曜日に同じ浅草にある神装具店に行き、今度は間違えないように余裕たっぷりの神棚を買った。
 これで咲夜姫も満足だろう。

 ふつうの人は単なる偶然か、とか、気づかずにすんでしまうのだが、私の場合は長い間の霊体験、神様との神霊体験などですぐにピンと来るものがあるのだ。霊感ではないが、神様的考え、心霊的な発想とでも言おうか。

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