2010年7月25日日曜日

『学生君、富士山でご奉仕せんか?』

    

 この些細な言葉が私と咲夜姫を結びつける神聖なる言葉となり、霊界体験とも絡んで、さらに数奇なる運命をたどることとなった。
 ――私としてはこのことが世界救済への道へとつながる記念すべき第一声と位置づけて  
いるのだが――

 声をかけてきたのは、対馬出身のいつもの浅黒い面白い職員さんだった。
 夏季は神務実習があり、神職資格を取るのには必須項目であり、全国の神職希望者は大学生もふくめ各神社学校生も加わり、夏の各神社はどこも神主の卵たちがご奉仕に励むことになる。 

 私は東照宮での実習がありまったくの予定外であったので、なんとなくこれを逃すのはもったいないと思い、ちょっと考えたのち、二つ返事で了承した。日光の実習が終わり次第富士山へ向かえばいいのだ、とけっこう強行軍ではあったが、出来ないことではないと思った。
 
 日光では御祭神を批判したことで散々な目にあったが、逃げるようにして日光をあとにし、それでも数日余裕があったので、実家の木曾へと帰省した。
 ゆっくりは出来なかったが、神主目指してがんばっている姿を父母に見てもらったので気持ち的にも安心した。
 さて、つぎは富士山だ――。

 夏の富士山は上半分に雲がかかっており滅多なことではきれいな姿を拝むことは出来ない。案の定、そのときもずっと雲がかかっていたと思う。
 7月8月の開山期は富士山にとっての掻き入れ時であり、このお宮も例にもれず頂上の奥の宮を開けて神務奉仕をしている。これも神社経営というか神社存続のための一手段である。

 そんなわけでお宮に着いたのだが、何かしらのんびりとして閑散としている。
 出迎えてくれたのは権宮司さんだった。
「いやあこの時期はねえ上と下で職員が半分半分になっているんだよ。それに下もごらんのように暇だしね。」
 と、笑いながらいった。
「ところで、君が来ることは何も連絡が来てないんだよ。」と、困ったように顔を曇らせて書類を挟んだ綴じ込みをペラペラとめくった。
 うう、やばっ……と、私は気色ばんだ。
 苦労して遥々ここまでやってきたのに、今更帰れなどと言われたら洒落にならない。しどろもどろ焦りながら事情を説明した。


「ふうむ、なるほど……うちうちでやるのもいいんだが、ちゃんと連絡してくれないとねぇ……」
 権宮司が頷いてどうにか実習をさせてもらえることとなった。

 そして、本格的に近い登山準備を整えて、翌朝朝早く、いざ富士山の頂上目指して出陣した。僕は登りながら漠然と考えた。

〈ご祭神は此花咲夜姫命だよな。さぞかし美人なんだろうなあ。一度お目にかかりたいものだなあ。……。あ、いや、夫がニニギの命だったんだ。ちょっかいだしたら神罰が当たるな。〉
 霊界体験がかなりある私としては、神様がどこかにいてもおかしくはないと思っていた。また、どこかに霊界ではない神々の世界があるのではないかと、期待もさることながら漠然と思っていたのだった。まだ、信じるまでにはいたってなかったが……。


 もうすぐ頂上だということでラストスパートにかかり、なんとか目標が見え安心してきたそのころからどうやら天候が荒れ模様になり始めた。
 頂上はかなりの嵐である。沖縄辺りに台風が接近しただけでこんな風になるという。猛烈な嵐の中、ようやく我々は(大げさであるが)登頂に成功した。
 逃げるように奥の宮に入り込む。
 奥の宮といってもただの山小屋に変わりなく、外見は木組みの小屋に防御用として辺りの溶岩石をブロック状に積んだ溶岩オブジェのようだった。
 ようやく熱いお茶を頂き、職員さんや先発組み実習生などに挨拶しながら一服し、めざす鳳凰宮に向けて出発した。しかし登山そのものが何事もなかったのはまさしく神様のおかげかな、とおもったのは今振り返ってみてのことである。

 雨にめちゃくちゃ撃たれ、暴風に弄ばれ、たった朱雀宮から鳳凰宮までの間に、吹き飛ばされそうになったことが何度もあった。
 その晩は定番のカレーで、登頂して体力を消耗しているし腹ペコなので、世の中にこれ以上うまいものはないと感じた。
 そして、満足してその日は床についたのだが、そこからが謎の事件の始まりだった。


 ――ところがである。どうやら様子がおかしい。床に入るころには熱が出てきて、とうとう悪性の風邪となってしまった。
 地上ではただの風邪らしいが、標高約3700メートルの世界では悪性となる。特に吐き気が凄く、吐くものが何もなくなってもまだ伸縮を繰り返し、まるで別の生き物のようだった。
 その状態は一夜開けても収まる気配はなく、ひとり寝ていたのだが、それでも写真くらいは撮れということで、神社の前に引きずり出され記念撮影ということになったのだが、ご想像に難くなく最悪なものとなった。
 いまにも吐きそうな顔を背けて気持ち悪そうにした幽霊のような男が写っていた。
 これも咲夜姫がどこかでくすくすと笑ってみていたのかもしれない。



 それから数日たったある夜――。

 ――気持ちよく寝ていた。
 すると、どういうわけか目覚めた。
 と、そこはこの世界ではなかった。
 異次元世界で目覚めたのだ。
 これはいつものことだが、いままでに何度もあり寝ているうちに向こう側の世界へ入っているのだ。確かに意識がはっきりしているので目覚めたことに違いはなく、ただ肉体は眠ったままなのだ。
 
 実にすがすがしく気持ちいい世界だった――ただし真っ暗闇である。
 真っ暗ながらもまったく怖くはなく、我ながらくつろいでいるのを感じた。
 すると左脇腹に紅葉のようなちっちゃな可愛らしい手が当たっているのがわかった。
 というか、さわさわと僕のわき腹を触っている。
 まったく怖くはなかったし、幽霊とはちがうな、と感じていた。
 心なしか麗しい楽曲が流れていたような気がする。しかも和楽が似つかわしいように思うのだが洋楽だったような気がする。曲名はわからず、BGMのように流れていた。
 しばらく紅葉の手に触られる心地よい感触を楽しんだ。それから部屋(異次元世界の部屋であり現実とはちょっと違う)の中をさまよったような気もするが、定かではない。

 神様を思わせる神秘的な体験はそれが最初だったが、それから下山するまでの実習の間、また二年目の夏季実習の時、あるいはこのお宮に就職したからか――どちらか判然としない頂上での出来事としてこんなこともあった。
 
 ――暇になり時間が出来たので数時間暇をもらえた。
 僕は(名前も忘れたが)噴火口の淵まで下りていって、夏なので日光浴しようと思った。
 そこの淵は広々としていて、ごつごつしているがサッカーが出来るほどだった。あまりにごつごつしているので、噴火口に落ちるよりもかえって跳ね返ってくるほどだった。
 そこで上半身裸になり岩があたらない心地よい寝心地を探していると、不意に気になった遠くの景色から、一匹の蜂らしいものが飛んでくるのが見えた。
 今になって考えれば不思議である。いくらほかに昆虫がいないとはいえ、遠くから飛んでくるさまがありありとわかったのだ。ちなみに頂上には特有のハチとも虫ともつかぬ昆虫が生息している。上昇気流で飛ばされてくるものもいるのだ。
 その変な虫は僕のところにまっしぐらに飛んできて、顔の前をぶんぶん飛び回ったのだ。
〈うるさい虫だなあ〉と、煙たがっていると、それを察したように今度は一目散に飛んでいった。
 この不可思議な虫に出会ったのはこれが初めてだが、今から思えばこの虫ともいかに長い付き合いとなるのだろうか。

 二年目の夏、こんどは学校の仲間が、なにを思ったのかみんなで富士山にいこうということとなり、大挙してお宮へと押し寄せた。
 昨年は一人でさびしかったが、今年は林間学校のように学校そのものが移動したようだ。
 登山はしんどかったがみな二十歳の元気盛りである。きつさもなんのその思い出さえ残らないあっという間の登頂だった。
 やはり夜はカレー、疲れて腹の減った身体には格別だった。
 満足して就寝――その日は何事もなかった。というか、このころは神様の存在をあまり身近に感じてなかったので、期待も何もなかった。
 つぎの日は恒例の記念撮影である。頂上には専門の写真屋がいて何の問題はない。
 神社のちょっとした石段にならんで「ハイチーズ」というときに、また例の虫が現れた。
 どこからともなく(下界のほうからだったと思う?)飛んできて、また僕の顔の前でぶんぶんやった。
 僕はこれではカメラに集中出来ないので、気をつけのまま虫を追っ払おうと、口でふーふーした。
 虫もなかなか逃げず、ふーふーしている様が滑稽だったらしく、みな一斉に笑った。というか、ほとんどシャッターがおりるギリギリだったので、みななす術もなく顔をしかめたり苦笑したり、半分ニヤけたような写真となってしまった。

 
 撮影が終わって同期のやつは、
「なんでおまえだけそうなんねん(そうなるのか)?」と、独特な伊勢言葉で笑いながらいった。
 もしかしたら咲夜姫がほんとうに私が来たことが嬉しくてブンブン飛び回っていたのかもしれないが、結果的に周囲に笑いを振りまく結果となり、この30年間をふりかえると、咲夜姫と私の思い出は、まるでドタバタ喜劇の観がある。

 撮影が終わってからの出来事だったと思う。
 ひとり面白いやつがいて、大学にアルバイト募集の広告が貼られ、どこからともなくこんな変わったバイトによってくるのだろう。実習生ではないのだが、ただの他の学部の弓道部というのが来た。身長はゆうに180センチをこえる長身で、ひょろっとしており“のさ~”っとしたやつだが、面白いやつだった。
 そいつが神前の蛍光灯をかえるということで、脚立に登り取り外していた。偶然後ろ向きになってやっていた。神学科でもないからその辺は神様に失礼だとかわかるまい。
 ところがそいつはそのままおならをしてしまったのだ。
 音は出ないのでわからないはずだったのだが、臭いが出るのでわかってしまった。
「お前やったな」と皆がよけた。
 見逃さなかったのはその学生の先輩でもある神社の職員だった。
「お前なにやってんだ!!」と、烈火のごとく怒り――
「正座しろ、正座!!」と、そいつはその場に座らされた。
 いまでも残っているであろう笑い話である。
 ボーっとしてたり反応が鈍かったりで不利な点もあり、みなは彼を馬鹿にしたが、僕は素直で優しげな彼が好きだった。きっと咲夜姫も気に入っていたかもしれない。

 もうひとり面白いやつがいた。
 東京のどこだかわからないが、これも国友館のやつで体育会系だった。やはりバイトとしてちょうど面白そうだから旅行もかねてやってきたのだろう。おまけに武道家を自負しており、六尺棒をついてやってきた。髪はボサボサだが比叡山の荒法師のようなやつだった。 
 僕にとっては親友になりうるほどの男だったが、この時を最後に二度と会うことはなかった。


 いまこのお宮の振り返ってみると、半分くらいのダイジェストシーンを占めているのが、このたった一月足らずの実習のエピソードであり、三年間もいた芙蓉市のお宮でのことは色あせた思い出に見える。いかに集約された物語であるか、三年対一ヶ月の不思議である。 

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