2010年4月22日木曜日

あの雷雲は咲夜姫だ!

 ――あの時私は富士山の頂上で神明奉仕をしていた。  
 ついに意を決して、峰の高いところに登り、自らの右手を掲げた。右手には腕時計がはめられていた。
 その頃にはすでに雲行きが怪しくなっていた。五合目ふきんから、雷雲が徐々に、私のいる頂上めざして上がって来るのが見えた。

 “あの雷雲は咲夜姫だ……!”

 きっと咲夜姫は、私に時間の余裕を与え、本当にこの世を捨てる気持ちがあるのかどうか、試していたのだろう。
 少しずつ……少しずつ……神は近づいてきた――。
 雷雲である咲夜姫と私が重なるとき、焼けこげた死体を残して、神々の世界での咲夜姫との幸せな生活が始まるのだ――。

 八合目あたりまで来ると、もう髪の毛が逆立ち始め、静電気がビリビリと体全体、特に腕時計に集まり始めていた。腕時計には“シューシュー”と言う静電気の集まる音まで聞こえている。
 雷雲は前よりましてその速度を速めていた。早く私の命を奪おうと急いているようでもあった。
 見る見る私とあの世との距離は縮まっていった。
 もうあまり……時間がない。
 しかし……私には出来なかった……。
 まだ、完全に人生を捨てることが出来なかったのだ。 
 もしここで奇跡が起こり、咲夜姫が目の前に姿を現したら、私は女神を信じて、この世にさよならしたかも知れない。
 しかし、現実に私の目の前にあるものは、どす黒い雷雲と、今にも稲妻が走ってきそうな電気を帯びた大気だった。私にはもう勇気が残っていなかった。
 それ以来、咲夜姫も私に失望したのか、プッツリと姿を現さなくなった。
 一時期、霊魂たちとの戦いのこともあり、この身を咲夜姫に捧げようとして努力したことがあった。
 確かにそのときは幸せだった。しかし、現実には咲夜姫はそこにはいない。実体がないのだ。
 咲夜姫がいつも、あるいは数日ごと、または週に一度でも来てくれれば、たぶん一生独身でもやっていけただろう。だが神様はいなかった。
 神様に無理をいうわけにはいかないが、来てくれないのは寂しいものだった。
 かといって会いに行くわけにもいかない。彼女はこの世界にはいないのだ。それが寂しく、また、女への執着を捨てきれなかった。 
 けっきょくおれはこの世界に生きるしかないのだと思った。
 しかし、咲夜姫はあまりにも神聖すぎる。次元が違いすぎるような気がした。
 だからあくまで姫を女房として(これもあくまで異次元世界でのことで)、咲夜姫をお守りすることにした。いまでも何があろうとも、咲夜姫のナイト(騎士)
に徹しようと思っている。 
 咲夜姫は大いなる力を感じる。咲夜姫との関係が続いているときは、霊魂は一切近づかなかったし、さまざまに奇跡を起こしてくれた。そのちからが一体どこまであるのか計り知れない。
 が、姫と咲夜姫が同一であるとなると、また話が違ってきて、ややこしくなる。
 ふたたび霊界探偵の登場だ。

信じるということは難しい。
 自分の生命をかけて、見えざるものを信じるという、選択を迫られた。――そして負けた。
真意はわからないが、神様がどこでどうしているのか、いまの今までずっと気になっていたのだ。
 元気でいてくれて、しかもいまだに私を想ってくれていることが嬉しく、ありがたかった。

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